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2003年12月05日

ラクダの旅の後日譚

昨日の話には、実は苦い後日譚があります。

男の言葉と旱魃の厳しさから、ラクダの旅をやめることしました。
比較的豊かな土地を見つけ、そこの首長に頼んでラクダを預かってもらい南の町に下りました。
町は難民となった遊牧民で溢れていました。
欧米の団体から食料や医薬品の援助が盛んに行われていました。
しかしその多くは、町の有力者や商人の手に渡たっていました。
遊牧民の文化や習慣の無理解から、無理な計画が押しつけられたりあるいは実行されずに消えていきました。
不正が横行していました。

そして年が明けると数年ぶりの豊かな雨期が来ました。
北に戻ると、ラクダは一頭は餓死し、一頭は生き残っていました。
「これからどうしよう」
働きながら考えることにしました。
しかし、旱魃で家畜の数は激減しており、これまでに身に付けた家畜を扱う仕事はありません。
残った一頭のラクダとこれまでの旅で使っていた道具や衣類を、かつて住み込んでいた遊牧民の友の遠縁の男に預け、残った資金でものを買い商売をすることにしました。

数ヶ月留守にして帰ってくると預けた荷物は何も残っていませんでした。

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コメント

yamamoto さん、2度コメントしていただいてとても嬉しく思っています。
決して気を悪くしていませんよ。
なぜ旅の結末について書いたのか、別の書き込みでお話させてください。

以前、郵便の事でコメントを差し上げたものです。私も過去2年ほどアフリカにいた事もあり懐かしく思ってコメントを気軽に付けてしまいましたが今回の記事を読んで、また過去記事を読んで軽率であったと反省しています。
すいませんでした。

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