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2003年12月06日

戦地へ赴くということ

なによりもまず、奥克彦さんと井ノ上正盛さんの死に深く追悼の意を表します。

USAが国連の機能を黙殺し力の理論によってイラクで戦争を始めようとした時、日本はそれを強く支持した。その日本の声は USA にだけでなく、戦争の矛先となる国の人々の耳に恐怖とともに届いていた。

今日の行い(奥さんと井ノ上さんの殺害)の主に、おそらくはそれが義勇的であると信じ込ませてしまうのは、文化の違いでも複雑な社会情勢でもなく、その根源は国土に累々としみ込んだ恐怖だ。自らの国に兵士を送り込んでくるといわれて恐怖しないものがいようか。彼らもまた恐怖のあまり「屈しない」と叫んだのだ。それに返して「屈しない」では誰がその連鎖を断ち切るのか。

アメリカの行動がいかに自身の犠牲をもとにしていようと、誤りであるのが明確なのは、その行動が思いとどまるべき報復ですらない、無差別な懲罰と化し、国土を恐怖させていることだ。そして今の日本の態度の恐ろしいことには、自覚無く、その懲罰へ加担する事を表明することになっていることだ。

引用元:marble 復讐は野生の正義である。そして理性は人の砦である。(by 吉岡 直樹)

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