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2005年11月06日

女人禁制と参加型開発

修験道の聖地で「女人禁制」の奈良県の大峰山に無理やり入山した性同一性障害を持つ3人の行動にはあきれ果てた。

女人禁制が1300年間続く修験道の聖地、奈良県天川村の大峰山への登山を目指すと公表していた性同一性障害を持つ人ら35人のグループが3日、現地を訪れた。
(中略)
地元・洞川地区の桝谷源逸区長(59)は「先人から受け継いだ伝統や生活がある。地元の心情を理解してほしい」と登山中止を求めた。グループ側は今後も話し合いを続けてほしいと要望した。しかし、午後0時半ごろ、3人が結界門をくぐって山に入った。その1人は「問題提起をしたかった」と説明した。

引用元:asahi.com: 女人禁制の大峰山で女性ら3人が登山強行

いろいろ書こうと思ったが、ちょっと検索してみただけでも、この事件に対する批判はもう充分すぎるほど噴出している。
関係サイトはすでに「炎上(blogのコメント欄やトラックバックに[しばしば批判的・感情的な]多数の意見が寄せられて、blogの運営者が対応できる限界を超えたようにみえること[はてなダイアリーのキーワードより])」中。

というわけで、主な批判はもう出尽くしているようなので、補足的な感想を。

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セネガル東部のタンバクンダ州ケドゥグ県の108の村が、先週末、女性の割礼の廃止を宣言したそうです。

(2003年04月03日)

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このニュースはネットで見つけて、マジで切れました。 女人禁制の大峰山で女性ら3人が登山強行  女人禁制が1300年間続く修験道の聖地、奈良県天川村の大... [続きを読む]

コメント

間接的な話題が増え、それが悲しいのは、おっしゃるような意味も確かにあります。
でも、別の意味もあるんです。

それは、直接的な話題から遠ざかりつつある自分の立ち位置へ危機感です。
自分の感覚が、大切にしたいと思っているサヘルや砂漠から遠くなりつつあることへの不安です。
それは、日本の暮らしにだんだん慣れてきたということなのでしょうが、日常生活に埋没したくない、埋没してサヘルや砂漠を忘れてしまいたくない、という気持ちなんです。

でも、妻がいて、連絡を取り合っているサヘルの友人がいて、サヘルつながりの日本人の友人がいる限り、私がサヘルや砂漠から完全に切れてしまうことはないでしょう。
それにはとても感謝しています。

>日本で暮らしていると、そういう間接的な話題が増えていくのかも知れません。

よくわかります。「ああ、同じパターンじゃないか」と。。。

それにしてもメチャクチャな話ですね、これは。またjujubeさんと同じように、たとえばなぜカソリック教会の女性神父については? とか、日本の仏教の僧侶の妻帯肉食はそれほどいいのか?とか、私もいろいろ思ってしまいました。私はつねづねマレーシアやインドネシアにさほど興味もなく、ほとんど知らない日本人が特別ではないのに、なぜ突然イスラム教徒を持ち出すのか?とも思っておりますし。――西洋というかアメリカかぶれ、あるいはキリスト教かぶれに見えてしまいます。。。

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