はじめに


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テネレとは、地図の上ではサハラ砂漠の一部でニジェール共和国に北を占める大きな砂漠の名前です。
しかしサハラ砂漠の遊牧民トゥアレグの言葉タマシェク語でテネレは「人のいない場所」を意味します。
つまりすべての砂漠はテネレと呼ぶことができます。 「ここはなんという場所か?」「ただの砂漠だ」そんな言葉を植民地時代のフランス人が地名と勘違いしたのかも知れません。
しかしテネレには、タマシェク語でもうひとつ意味があります。
「望郷」
この写真ブログのタイトルも砂漠と望郷、ふたつの意味を合わせ持ちます。

高校生の時、一冊の本と出会いました。
上温湯隆『サハラに死す』時事通信社(原本は既に絶版ですが講談社文庫版もあります)
ラクダによるサハラ砂漠の単独横断に挑み、その道半ばにして死んだ青年の遺稿です。
読了後、自分もその夢に挑戦したいと思いました。アラビア語を学び、体力をつけ、六分儀の航海術を学び、ヒッチハイクやバスでサハラを回って予備調査をし、1年間遊牧民のテントに住み込み、砂漠の生活とラクダの扱い方を学びました。
そして、大西洋に望むモーリタニアの海岸からサハラ横断の旅に出ました・・・

サハラ砂漠はなんと大きく厳しく美しかったか。
初めてサハラ砂漠に足を踏み入れてから30年近い歳月が過ぎましたが未だに砂漠に魅了され続けています。
何度サハラ砂漠を訪れたことでしょう。通うだけでは満足出来ず、何年そこに暮したでしょう。サハラ砂漠を旅をし、仕事の場とし、暮し、結婚し、子供をもうけました。
今、砂漠から遠く離れた祖国日本に戻り働いていますが、一日とて砂漠の日々を忘れたことはありません。砂漠に向う気持ちは何年日本に住んでも抑えきれません。だから、5年に1度はサハラに行くと決めています。
他の砂漠も、機会を作って訪れることにしています。
ここに載せた写真は、これまでに訪れた砂漠やそのまわりの地域で過した日々の欠片です。
それは私にとって、単なる過去の記憶ではありません。生きていくための力の源です。
振り返るためでなく前に続く道を見失わないために、少しずつ、いつまでも、砂漠とそこに暮す人々の写真を撮り続けていきます。

2008年5月5日 Yoshinori FUKUI


機材


これまでOLYMPUS OM-2、MINOLTA CLE、CANON 5D、そしてたくさんのコンパクトデジタルカメラを使ってきた。
覚えている限り、写真には使ったカメラやレンズの情報を付けておく。
モノクロの写真は、カラーフィルムやカラーデータをレタッチソフトでモノクロに変換したものもある。
現在所有しているカメラやレンズは以下の通り。

銀塩カメラ

  • Leica M3

デジタルカメラ

  • Leica M9
  • Leica X1

レンズ(Leica Mマウント用)

  • CONTAX G BIOGON T* 28mm L-MOUNT
  • NOKTON classic 35mm F1.4 SC
  • Summilux 35mm f/1.4 ASPH.
  • NOCTILUX 50mm f/1
  • NOKTON 50mm F1.1
  • Summilux 50mm f/1.4 (2nd)
  • C Sonnar T * 1.5/50
  • Summicron 50mm f/2 (rigid 1st)
  • HELIAR 50mm F3.5
  • APO-SUMMICRON 75mm ASPH.

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Les bornes

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