サハラの旅から戻り、改めて砂漠の友人たちを写真に収めたいと始めた写真ブログ

満たされた日常へ

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アレバッジャ
サハラ砂漠の遊牧民のもてなしの料理

ぴったりのぼくの欠けらが見つかった
でも景色も見えない勢いで転がらない
躓かないけど、自分のペースで転がれるんだ
とまってることだってできる

朝はやはり日の出前に自然と目が覚めた。
礼拝後、カメラを持ってまだ薄暗い外に出る。
朝の空気が気持ち良い。
写真を撮りながら小一時間散歩。

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家のすぐ横の通り
家は高台になった地域ある。

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家の近くの大通り
道は北に向かっている。
下った先にニジェール川があり、その向こうが首都バマコの中心。
そのさらに向こうは切り立った丘が南北に壁のようになっている。

d0087256_20303672.jpg朝食は、定住している遊牧民出身者の定番料理、ヒツジ肉と肉汁&フランスパン。
女たちは、家の外のテラスで朝食を摂っている。
昼間の熱がこもった家の中でなく、夜の外気に当たれるそのテラスに蚊帳を吊って寝ている女たちも多い。
陽射しが直接差してくるまでは、そこが女たちの井戸端会議の場所のようだ。
暑くなってくると女たちは家の中でなく、さらに反対方向へ移動する。
建物と屋根続きの車のガレージにゴザを敷いて寛いでいる。
日中はそこが一番居心地が良いようだ。
陽射しが和らぐと、さらに外に向かう。
門の外、通りにゴザやイスを出してそこで過ごしている。
雨が降ったり、余程寒くない限り、家の中を生活圏とは見なしていないように思える。
町にいても遊牧民なんだなあとしみじみ思う。
(男たちの過ごし方の話はまたの機会に)

食事後は、女たちに交じり、冗談を言ったり、たわいもない会話をして過ごす。
お茶を飲み、ミルクを飲み、話をし、しばらくするとヨーグルトが回ってきた。
ここではミルクの出る家畜を飼っていないので、ミルクやヨーグルトは、粉ミルクやプラスチックの袋に入ったヨーグルトだ。
生の野菜も気にせず食べている。
粉ミルクやヨーグルト、野菜を洗うのに使っている水はもちろん水道水だが、住み慣れた土地なので気にしていない。
幸いこれまで、そして今回の滞在中も、誰も胃腸のトラブルはなかった

昼食は遊牧民が客を歓待するする時の料理「アレバッジャ」。
ヒツジの肉を煮込み、杵と臼で挽き、白米に乗せ、バターをたっぷり掛けて食べるマリの遊牧民の牛丼だ。
私の大好物。

午後、頼んでいたものが注文の品がやっと届いた。
民族衣装とアセンジャードゥ(ターバン)。
民族衣装は、アナカッバ(一般にはブーブー)と呼ばれるポンチョのような貫頭衣ではなく、長袖のアラブの長衣に似たピッパオという服と、はカルタバというピッパオと同じ生地のズボン。
部屋に入り、ピッパオを着てカルタバを履く。
着ているのはピッパオのみ。
履いているのはカルタバのみ。
パンツも履いていない。
気持ちいい。
そして目だけが見えるようなトゥアレグ式にアセンジャードゥを巻く。
何年も毎日毎日巻いていたから、鏡を見ないでも簡単に巻ける。

居間に出て、マットレスの上で横になる。
ゆったりした服と、顔に巻いたターバンが本当に気持ち良く、落ち着く。
しばらくその心地よさに身を委ねる。
帰国までは、ずっとこの格好でいられる。
それが嬉しい。
そのまましばらく昼寝。
本当の自分に戻った気がする。
ずっとこのままいたい。
そんな満たされた気持ちだった。

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午後遅く、プラドで町の中心に出かけた。
今日は運転せず後部座席に座る。
バマコはニジェール川で二分されている。
町の中心は川の北側。
その北には東西に崖状の丘が続き、町の成長を妨げている。
飛行場や今いる地区は川の南側。
バマコから南北に延びる幹線道路もこちら側から延びている。
こちら側は、どんどん大きく広がっている。

昔は南から町の中心に渡れる橋は1本だけだった。
サウジアラビアの援助で20年程前に2本目の橋が架かった。
その2本目の橋を渡る。
よく両方の橋の上で整備不良の車が故障して停っている。
今日も、反対車線が故障車で渋滞していた。

町の用事を済ませた後家に戻り、妻を拾い母の墓に行く。
こちらでは、子どもは墓地に行かない方がいいと言われており、それに従い娘は家に置いてゆくことにする。
いとこたちとの遊びに夢中になっている娘は、喜んで家にいるという。
走り出すと風に湿り気を感じる。
湿気というより水の匂いに近い。
黒い雲が見える。
雨期の雨が迫っている。
案の定、墓地につく前に雨が降り出した。
これくらいで収まってくれればと思うが、墓地の入り口に着いた時にはバケツをひっくり返したような土砂降りだった。
残念だが墓を訪ねるのは諦める。
しかしすぐに引き返すのも危ないほどの雨足で、しばらくそこで待つ。
するとフロントガラスの接合部分から雨が滴り出した。
ぽつり、ぽつりという程度でなく、しとしと雨のような雨漏りだ。
明日にでもパテ塗りをしよう。

夕食はザメという油で炊いたご飯の料理と、フライドポテトと青葉やトマトのサラダだった。
それを食べ、その後お茶を飲みながら話をし、配られるミルクを飲み・・・という以前と変わらない暮らし。
それがとても嬉しかった。

(2枚目以降はEF24-70mm F2.8L USM + 5D)

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コメント(12)

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記事の更新にコメントが遅れていてすいません。
反芻するように何度も何度も読み返して異国の風を感じています。

牛丼の例えに笑いました。
どんな味だろう?と思いましたがこれで安心です ←ナニが安心だ?(笑)

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なんだか食って寝て写真撮って・・・・。
そりゃそのまま居たいのは解ります。(笑)

けっこうな都会なんですね。我が家より都会。
満たされた日常。私も欲しい。(^_^;)

そうそう、うちの嫁さんですが、マリ(真理)と言います。
いや、だからってどうだってことは無いんですが。(^_^;)

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さこやん、
コメント、義務的に考えないでください。
本当に何か感じた時だけ。
というとコメントゼロですか・・・

アレバッジャ、味は牛丼よりいいです。うふふ

妻を含めマリの人は、お茶やデザートはすごく甘いの大好きなのに、料理に砂糖が入っているのはダメです。
そんなの食事じゃない、と感じるみたい。
そんなわけで出汁巻き卵や丼物は不評です。
私の大好きな牛丼も付き合ってもらえません(しくしく)

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inamokuさん、
> 食って寝て写真撮って
うっ、鋭い指摘・・・
じゃなくて、いろいろ大変なんですよ!
たくさんの家族がひとつ屋根の下にいて、さらに弔問中ということもあり、多くの人たちが出入りしている家にあって、私が一番年長の男です。
たけやんのところの長老的な感じかな。
多くの弔問客を喪主として迎え、すべてを責任を持って仕切らないといけません。
で、結構批判の多い社会なので、しきたりに合わないことをしちゃうと、よその年長者にぼろくそに言われます。
まあ日本でも、同じようなところありますけどね・・・

でもね、ターバンしてると、いや、ホント落ち着くんですよ。
それから、物欲を離れて、「持たない勇気」を思い出します。

マリさんてわりと多いので、国名のマリをインターネットで検索しようとする時大変です(笑)
それから、フォルクスワーゲンがトゥアレグという四駆を出してから、民族名のトゥアレグも検索しにくくなりました(しくしく)

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大地の色の違いに異国だな〜〜と感じます。
もてなす心・・・近頃、日本では少しずつ失われてきているようです。
家が狭く、人と会うのも外のレストランとか・・・。

jujubierさんは無理なくそちらの空気に馴染んでいらっしゃるようですが、最初は大変だったのでは・・・
そのあたりの考え方や、習慣の違いも知りたいです。

子供は何でも馴染むのが早くて柔軟ですね。
羨ましい。

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biwakokayoさん、
首都バマコのあたりは、ラテライトという鉄分をたくさん含んだ赤くて固い土が多いです。
白いTシャツでバイクに乗ってると、家に帰った頃には前だけ赤っぽくなってたりします。

私は、就職せず、卒業式も待たずにサハラ砂漠に行き、遊牧民に弟子入りし、そのまま3年半砂漠で暮らしていました。
その後も、NGOとかODAとか、文化人類学のフィールドワークとか、婚約とか結婚とか、向こうの人たちとの付き合いは、日本の暮らしより遥かに長くて濃いです。
ですから社会に出たみなさんが、働きながら日本の社会常識を学ぶように、向こうのしきたりや文化に揉まれてきました。
辛いこと、悔しいこと、恥ずかしいこともたくさんもありましたけど、それ(そこで暮らすこと)以外の選択肢を考えたことがなかったので、嫌だとか逃げ出したいと思ったことはなかったですね。

このブログの中で、価値観とか習慣の違いについても書けるといいですね。
この点、気をつけます。

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ごんべえで何回かご一緒させて頂きました。素敵なブログですね。写真から向こうの空気が感じられるっていうか匂いとか温度とかが伝わってくる気がします。やっぱり写真の腕が違うと伝わってくるものが違います。
パンツ履かないのが正式な着方ですか?それとも個人的な好みですか?

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T子さん、いらっしゃいませ!
向こうの様子を感じていただけたならとても嬉しいです。

でも、今まで載せたものより、もっともっとワクワクしながら撮った写真があります。
8月後半に大好きな砂漠で撮った写真です。
ご期待下さい!
といっても写真技術じゃなくて、思い入れとこれまで培った人間関係で撮った写真ですが(笑)
でも、ブログに書けるのはしばらく後ですね。

パンツを履くか?について
町の人はパンツ履いてるかな。
遊牧民は履いてませんね。

SECRET: 0
湾岸だけかと思ったら、西アフリカの遊牧民もノーパンなんですね(^^;
こちらでも、同じ湾岸人でも大陸をルーツに持つ人たちや、
街で生まれ育った人たちはパンツを履きますが、
生粋のベドウィン(遊牧民)は履かないです。

SECRET: 0
たけやん、
パンツなしの方が用が足しやすいし、動きにアソビがあるのは気持ちいいですよねえ。

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まぁ、パンツなんてのは最近のファッションですから。
日本人ならフンドシですよ。(^_^;)
確かにノーパンは気持ちがいい。<やってるのかよ?(笑)

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フンドシははいたことないなあ。
Fundoshi EditというMacのエディタは愛用してましたが >全然話が違う
でもフンドシより、何にもなしがいいです。
ナニをするにもさっと脱げて楽。
ナニって・・・小便の話です。たぶん。
遊牧民は、小便も座ってします。
立ってすると跳ね返りがかかるから。
座ってするには、ゆったりしたズボンで中に何にもはいていない方が、出がいいです。
でも、普通のズボンでパンツなしは、チャックを閉める時が怖くていやだなあ。

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このブログ記事について

このページは、Yoshinori FUKUIが2006年8月 3日 12:05に書いたブログ記事です。

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