サハラの旅から戻り、改めて砂漠の友人たちを写真に収めたいと始めた写真ブログ

私自身

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自分というフィルターを通り、出てくるものは私自身なのだ。

1月23日の投稿「生きて写真を撮る」の続き。

テーマを決めず、心のままにシャッターを押す。
それはテーマがないことにはならない。

あらためてそう思う。
自分というフィルターを通り、出てくるものは私自身なのだ。

写真はその人を浮き彫りにする。
だから、誰かの写真を好きになることは、その人を好きになることと同じなのかも知れない。

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コメント(7)

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こんばんわ。
人と違ったことをしようとすると、人のすることを見て動くため、言動に生命が宿らない。
自分自身であることは、たとえ人と似ていても、内からの声に従って生きるため、生命力に裏打ちされる。
その人自身であることは、流れる水のように、次々とその姿かたちを変えていく。その変化こそが個性だと思います。
本人でも、意思を持って作れるものではないと思います!

SECRET: 0
写真って撮った人の感情や考え方などいろいろなものが
写っていると思います。
いちいちテーマは考えていなくても、
なんらかのテーマのようなものはもともと自分の中に
あるのではないでしょうか?
そういう意味で感動を共有することができると、
その人のことも好感が持てるようになります。

SECRET: 0
*j_capacityさん、
自分をごまかさない。
自分を信じる。
そうありたいです。

そしてそんな自分をちゃんと表現できる、
写真の技術と経験を培っていきたいです。

SECRET: 0
きゃあ~、だったら、私は、jujubierさんに恋してるのですね。
どうしようん。ははは。ちなみに、妻子持ちの人には、、、、ははは。
好きになった人に妻子がいたら、間違いなく、スッと引くタイプですけど、、。あは、でも、写真は、別です。
jujubierさんの撮る写真は、奥が深いものがあります。
時々は、涙が出たり、、ね?
ただ、素直に受け入れられるから、ついつい見てしまいますね。
それって、やっばり恋してるの?きゃあ~~。

SECRET: 0
*かよちん、
写真を気に入っていただけてとても嬉しいです。

プラトニックに行きましょう(謎)

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うぅ・・・この理論・・・男にも当てはまりますでしょうか(^◇^;
だとすると・・・
言わない方が良さそうですね(爆)

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*everyday_flat4さん、
うーん・・・・・・・・・
それは友情ということで(笑)

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このブログ記事について

このページは、Yoshinori FUKUIが2007年1月24日 23:36に書いたブログ記事です。

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