サハラの旅から戻り、改めて砂漠の友人たちを写真に収めたいと始めた写真ブログ

Un proverbe(諺)

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謎なぞの答は、サンテグジュペリの「星の王子さま」

さて、文字、手紙で思い出したことをもうひとつ。

それは、妻(当時は恋人)との文通。
彼女とは1987年、サハラ砂漠の村で知りあった。

私は知らなかったのだが、妻の方は、その4年ほど前に、私がラクダで旅していた時に既に私を見かけていたらしい(笑)

妻と知りあって1年後、私は日本に戻った。
当時はまだインターネットはなかった。
2400bpsのパソコン通信の時代だ。
マリの北部、妻の村には電話さえ(電気も水道も!)なかった。
だから日本にいた約2年間、妻との繋がりは、お互いに自分の言葉でないフランス語での文通だけだった。

マリ独立前の植民地化時代、宗主国フランスの軍人と、マリの北部に初めての遊牧民の小学校を開いた義父。
彼はマリ独立後もフランス語とアラビア語の教師を続けた。
そして学校に行かない子どもたちも多い中、自分の子どもたちは全員学校に行かせた。
妻もそのおかげでフランス語での教育を受けていた。

しかし、妻との文通は簡単ではなかった。
妻のいた村には郵便局もなかった。
だから私が書いた手紙は、村から100kmほど離れた町の郵便局に着き、そこから誰かがその村に行く機会があった時に預けられた。
あるいは、首都にいる妻と同族の友人に手紙を送った。
すると友人はその村へ行くやはり同族の者を探し、手紙を託してくれた。
マリで活動するNGOのスタッフや、日本に来たマリ人に手紙を託したこともあった。

妻がその手紙を受け取り、読み、返事を書くと、それはまた、郵便局のある町や首都に出る者に託され、そこから郵便で日本まで送られた。

一方の手紙が相手に着くまでに数週間から2か月近くかかることもあった。
だから返事は手紙を出してから3ヶ月後ということも珍しくなかった。
バマコ(マリの首都)とビデオチャットで話ができ、妻の村でさえ携帯電話が通じる今では考えられないような、ゆっくりした言葉と気持ちのキャッチボールだった。
手紙を送ってから返事が帰ってくるまで、本当に待ち遠しかった。
内戦が始まる1990年まで、私たちのやりとりはそんな風に続いた。
(その後の話は趣旨が違うのでまたいつか)

妻が私にフランス語で書いてくれたラブレターは今もすべて手元にある。
彼女の手紙は、いつも決まったフレーズで始まっていた。
私がそれを口にすると、妻は顔から火が出るくらい恥ずかしがる。
手紙が見つかると処分してしまいそうだ。
だから、それがどこに保管しているか絶対に秘密(笑)

じつは、妻の手紙をボカした写真にでもして載せようかとふと思った。
しかし夫婦げんかの原因になりそうなものをふたりだけの思い出をここに出すまでもあるまい(笑)
そこで手元にあった義父の筆跡を載せることにした。

結婚後、私がフィールドワークでタマシェク語の諺を集めていた時、義父がそれを手伝ってくれた。
カセットに録音した諺を聞き、義父はその発音をアラビア語表記で書き、さらにそれをフランス語に訳してくれた。
写真の一番上の諺は、

愛は欠点を覆い隠す(=愛は盲目)

さて、そろそろ写真ブログに戻そう。

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コメント(10)

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こんばんわ!
手書きのアラビア文字(ですよね?)初めて見ました!
実際書いているところを見てみたいといつも。。。
西洋圏で(漢字で)サインすると amazing! と言われるのと同じかも。。。

ボクが嫁さんと知り合ったのも同じ頃です。同じく最初の数年は文通でした(^^

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*travelsterさん、
文字はアラビア語なのですが、中身はタマシェク語なので、英語をカタカナ表記しているようなものです。
ですから、アラビア語が分かる人がこれを見ると、意味が通じなくてちょっと変な感じでしょうね。

それに私に分かりやすいように、崩さずかっちり書いてくれています。
普段はもう少し崩した字体です。
きっと誰かがきれいな手書きアラビア語の写真を載せてくれるでしょう>たけやん!

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現代は、インターネットで簡単にメールを送る事が出来ます。自分の知らない文字も
簡単に入力出来るし、いろいろな所から引用したり調べながら1通のメールを気軽に
作成する事が出来ます。でも、そのせいでメールの重みは無くなりました。気持ちの
ない文字の羅列の様に感じる事もあります。
大切な人への手紙は、自分の文字で1字ずつ考えながら気持ちを込めて書き上げ
たいものですね。奥さんとの文通、とんでもない沢山の時間が掛かっているんです
ね。でも、ゆっくりと時間を掛けて通じ合う気持ち、素敵ですね。

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「愛は盲目」と読めなかったので、あれ?と思ったのですが、アラビア語じゃなかったのですね(笑
アラビア語、最近は手で書くよりPCで打つ方が多いですね、やっぱり。
留学生時代は毎日手で書いてたんですけど(^^;
かといって、けして上手い訳でもないですが<手書き

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ええ話ですねぇー。
私もやたらとたくさんく手紙を書きました(それしか方法がなかったから)。電子メールが主流になったとしても、「文字で伝える」尊さに違いはないように思います。

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*farfarsideKさん、
どういうつもりで書いたのか分からない文章があって、その意図を聞いても、答がわかるまでに3か月かかるわけです(笑)
その間ひとりで、こういう意味だろうか、ああいう意味だろうかと、悩み続けます。
でも、あの頃はそれが楽しかったのかも。

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*たけやん、
アラビア語だと

かな?
手書きで載せられないのが残念(笑)

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*nhayanooさん、
こういう話、愛した女性がいるなら、誰しもきっとあるんでしょう。
あ、やっぱりnhayanooさんも(笑)

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う〜ん。
国際文通でありますか。

なんか、昔を思い出すのであります。
言語の壁は大きかったのであります。

故に、ゴール出来た貴殿を尊敬出来るのであります。

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*ひらりんさん、
文通→交際、でなく、交際→文通というステップだったのがゴール出来た理由かも知れません(笑)

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このブログ記事について

このページは、Yoshinori FUKUIが2007年10月 5日 01:49に書いたブログ記事です。

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