日本に戻り暮らし始めてから、サハラ再訪まで

母語、第一言語、主言語

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インターの英語(母語、中間言語、ピジン、クレオールについて)に、その中で言及した手結川中マロさんからトラックバックをいただき、トラックバック先でこう説明いただいた。

これは、私が当ブログ(インター英語)を書いた時の注目点とは異なります。
(おそらくLailaさんの注目点も、ここでは無いのでは?)

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

要点は、母語ではない「第二言語(敢えてこう書いておきます)」が主言語(思考やコミュニケーションにおいて第一に用いる言語)になった場合のリスク、ということですね。
タイトルが「インターの英語」だったので、それがテーマだと思ってしまいましたが、Lailaさんの最初の投稿(「インターの英語」)の背景説明があり、プライバシーを考え、ストレートに書けなかった、Lailaさんや手結川さんの投稿の趣旨がよくわかりました。
ありがとうございました。

問題にしていたのは【意図的に子供の第一言語を学校のみに育てさせる事】です。
厳密に言えば「学校のみ」では無いのですが 大まかに言って「学校に第一言語を任せる」といった状態の事です。
さらに、「学校・家庭・地域」の言語が一致しない状況で育った第一言語と その3つの全て或は一部が一致しない状況で育った第一言語との習得過程と、結果の違い(の有無)についてです。

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

手結川さん、はい、納得しました。

と、これで終わればいいのかもしれませんが、趣旨の取り違え以外に、やはり分かりにくかった点がありましたので、私の混乱をもう一度説明させてください。
でも議論を蒸し返すつもりはありませんので、安心してください(笑)

1.言語教育を学校(など)に任せた場合

A.母語と第一言語

「第一言語/一番自由に使いこなせる」人でも
(Lailaさん)
「母語」が長い人生のうちで第一言語となるとは限らず また、母語の定義も広汎で時として曖昧な為 ここでは「第一言語」を使わさせていただきますが 「第一言語」は「学校」だけで、果たしてどの程度まで育てられるものなのだろうか、という【疑問】が、一連の「インター英語」への感慨の基盤になっているのです。

手結川さん

Lailaさんや手結川さんの投稿へのコメントの中でも、母語と主言語の関係があいまいなものがありました。

そもそも母語と第1言語って常に同じ定義なのでしょうか?
例えば、まず母語があります。
しかし、学校でずっと別の言語を学び、それが一番自由に使える言葉になった場合、どちらを母語というなんでしょうか?
母語は不変で、習得した言語が一番自由に使えても、それはやはり第2言語なのでしょうか?
あるいは母語と第1言語が違うというのでしょうか?

引用元:TENERE: インターの英語(母語、中間言語、ピジン、クレオールについて)

私自身、上のように母語と第一言語の定義について、疑問として示しただけで終わらせてしまったのは言葉足らずだったと思います。
実は、これまで読んだ本ではどれも
母語=第一言語=最初に習得した言葉
とされていました。

それに対して、Lailaさんや手結川さんは、母語と第一言語を完全に区別されています。
母語=初めに学んだ言語
第一言語=思考やコミュニケーションにおいて第一に用いる言語
という考え方ですね。
このあたりが自分の中でうまく整理できませんでした。

B.家庭、学校、地域

【「インター英語」ブログ】での軸となっているのは あくまでも、言語そのものではなく 一般的な状況であれば「家庭」「学校」「地域」の3つにより育てられる子供の母語(或は後の第一言語)と 「学校」のみによって育てられる言語との違いです。

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

はい、そう解釈して全体を読み直し納得しました。

ただ、そうは言いつつ、読んでいたら、微妙に状況(条件設定)がズレていたかなと思いました。
(以下は重箱の隅をつつくような話なので無視していただいても結構です)

↓重箱の隅、ここから↓

英語を例にしてみると
比較の一方、『3つにより育てられる子供の母語』のケース
学校 = 英語
家庭 = 英語
地域 = 英語

比較の他方、『「学校」のみによって育てられる言語』のケース
学校 = 英語
家庭 ≠ 英語
地域 ≠ 英語

しかし
『同じ英国育ちでも 英国で英語で育った親に英国で英語で育てられた子供の英語と 外国人家庭の子供の英語とは違います...』

という前回の投稿の「外国人家庭」は、
学校 = 英語
家庭 ≠ 英語
地域 = 英語
これは、上記の双方と違う条件設定です。

あるいは上で引用した中のカッコ内の『後の第一言語』の意味されるところ。
これはつまり母語じゃない言葉という意味ですよね。
すると
学校 = 英語 or 学校 ≠ 英語
家庭 ≠ 英語
地域 = 英語 or 地域 ≠ 英語
とこれは、(私が理解できていないか)条件設定が曖昧で、「学校」のみによって育てられる言語と比較できません。
このように、どのようなケース間で比較されているか、どのケースを軸に議論されているか、混乱していました。

↑重箱の隅、ここまで↑

今は、議論の背景、議論の軸を説明していただいたので趣旨を理解できました。

2.「立派」という表現の背景

実は、この「立派」が出てくる背景にLailaさんや私が時々見ている某バイリンガル掲示板での以下の一連の投稿があります。
(以下略)

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

「通用するか否か」という議論は、それが主言語であるなら、危機的な話に思えますね。
そしてそれが、何が「正統」かという議論と同じものとして扱われるのは、論旨のすり替えのようにも思います。 そして「本家本元」の議論は、お国自慢とかいろいろな業界での本家、宗家、家元の話のように、喧嘩別れか平行線で終わるしかないと思います。

私自身、言語のお国自慢をあちこちで聞きました。
それについて、上の話と全くつながりのない余談を少し。

例えばベトナムの老人たちの使うフランス語には、フランスの若者のフランス語より、古典的な使い方が残っていたりします。
モーリタニアのアラビア語は、ベルベル語や黒人系の言語の影響も大きいのですが、サウジアラビアのアラビア語より、「正則アラビア語(フスハー)」の語意が数多く残っています。
あるいはいろいろな民族・言語の交わるエジプトより、言語的に長く孤立していたリビアの方が正則アラビア語に近かったりします。
ですから、話されている地域やその人口で「正統」かどうか決められる問題ではありませんが、時代や他言語との接触状況において常に変化する言語を、発生した場所で話されているものが必ずしも「正統」とも断定できないと思います。
余談ですが、アラビア語の場合はクルアーン(コーラン)に書かれた7世紀の言葉を「正則アラビア語」と決めているので、なにが正統かという了解があります。
こういう言語はほかにないでしょうね。
(上記は、言語の正統性とか変化・派生についてのこういう考え方もあると思いますということで、イギリスの英語を「正統」じゃないと言っているわけではありません。念のため)

さて、テーマに戻り、以下が一番重要な点でしょうか。

3.「家庭」「学校」「地域」の言語が三位一体でない場合どうするか

それは「家庭・学校・地域」の3つが揃わない状況で 子供達の第一言語を育てている私の様な家庭での 若干の危惧を伴う試行錯誤状態での苦悩とも言えると思います。

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

これは我が家でも切実な問題です。
分かりにくい書き方でしたが、それ故、前の投稿で「ひとりひとりの環境によって違う」と書き、おまけ(その1)で娘の事例を挙げました。

言語は使っていなければ、どんどん弱って行きます。

引用元:第一言語(インターの英語2)追記

何語(複数形もあり)で育てるかとともに、母語、あるいは初期の主言語をどう維持していくか(あるいは諦めるか)、は大きな問題です。
母語でさえ、使わなければ忘れていきますから。

わたし自身、日本人に会わなくて日本語を自分の日記以外に使わなかった(=しゃべる機会がなかった)期間が1年以上ありました。
実質3年間、ほとんど日本語を使いませんでした。
そのあと日本語のリハビリが大変でした。
言語は、文化変容あるいは異なる言語の接触などという長い時間的経過の中だけでなく、ひとりの人間の中にあっても、大きく変化するものですよね。
夫婦で日本語を話していても、他言語圏で暮らし、仕事や社会的生活で他言語を使っていると、夫婦間の日本語さえ変化してくると思います。

母語ではないですが、私がフランス人に話すフランス語と、妻に話すフランス語は、同じ人間が話すフランス語とは信じられないと人に言われます。
私と妻の間で話している言葉は、フランス語にタマシェク語(妻の母語)(と日本語もかな)の混ざった二人だけにしか通じないような似非フランス語です。
私の日本語もインターの英語じゃないですが、ちょっと変らしいです。
母語であり、主言語なのに、です。
妻のタマシェク語も、外国人と話す時は結構おかしいです。
自分たちの言葉の変化は、自分たちで決定した環境による自己責任と考えて済ませられますが、子供たちにはどのような言語教育をすればいいのか、これは悩みます。

娘の母語は何なのか?
 −フランス語なのか、日本語なのか?
 −母語がふたつということは、ありえるのか?
生まれたのは日本。
生まれた時から私は、ほとんど日本語でしか話しかけず、毎日日本語を教えてきました。
その甲斐あってか、生後半年からアフリカ中心の生活でしたが、5歳で日本に戻り保育園に入っても大きな問題はありませんでした(えへん。でも毎日日本語教育するのはとても大変でしたよ〜)。
しかし、生後半年から5歳までという最初に言語を習得する期間、フランス語圏におり、家庭内で一番使われていた言葉(家庭)、まわりの環境(地域)、幼稚園(学校)すべてフランス語でした。
そのため、娘は、日本語とフランス語で、同じ程度意思表示ができました。
前回も書きましたが、むしろ言葉のロジックはフランス語に引っ張られていました。
しかし、日本にきてからフランス語の方は「使っていなければ、どんどん弱って」いくを絵に描いたような状況で、ボキャブラリーは増えていません。言葉のロジックはほぼ日本語のロジックに変わっています。

母語がフランス語で、主言語が日本語で、問題はないのか?
思春期に同性の母親と心の襞まで繋がるコミュニケーションができるようにするには、フランス語かタマシェク語ができないとのはとてもまずいことだと考えています。

では、日本の環境でどうやってこれらの言語能力を深めていけるのか?
試行錯誤しつつある問題です。

言葉に関する悩みはほんとうに尽きません。
しかし、私がまともに教えてあげられるのは、日本語だけです。
ですから、悩みは尽きませんが、今私にできる事として、日本語の読み、書き、読み聞かせ、会話をしっかりとしていこうと思います。
悩んでいて、あるいはほかの言語に気を取られて、日本語が疎かになっては、それこそ日本語を母語とする親としての責任を果たしていないことになるでしょう。

まとまりませんが、今回のテーマについて考えたことでした。

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以下は、サハラを遊牧する日本男児、jujube師匠のサイトの記事、「母語、第一言語、主言語」からの引用です。(どーでもいーことですが、jujubeというと... 続きを読む

コメント(4)

「思春期に同性の母親とつながる」ことの重要度は、家庭によって個人によって
すごく違っています。私はその頃は、同性の友人(親友?)には積極的に相談しても、母親には隠すような感じであったように記憶しています。でも、家族とのきずなは一生大事なことですから、やっぱっり細かい心のひだまで表現出来ることは大切ですよね..。(国際結婚の夫婦間ではどうなのでしょう?)お母さまが日本人にタマシェク語を教える時に一緒に生徒になる機会はどうですか..?

よねよねさん、コメントありがとうございました。

> 「思春期に同性の母親とつながる」ことの重要度は、家庭によって個人によってすごく違っています。

ふーむ、そうかあ。
必ずしも母親が一番の相談相手とは限らないんですね。
目から鱗。
でもおっしゃるとおり、しっかりコミュニケーションが取れたほうがいいので、いろいろ考えてみます。

> 国際結婚の夫婦間ではどうなのでしょう?

私たち夫婦の場合は、
双方が納得するまで、いくらでも時間をかけて、
どっちがが、もういいやとあきらめない
を「理想」としてます。理想・・・

> お母さまが日本人にタマシェク語を教える時に一緒に生徒になる機会はどうですか..?

ブルキナファソでは、喜んで一緒に勉強してました。
今回も、娘はそうしたかったんですが、タマシェク語のレッスンは、ちょうど娘が学校に行っている時間帯なんです。
残念!

リー姐でございます。私のほうにおいでいただき、どうもありがとうございました。それでコリア語の混乱について、多言語教育に関係することかと思い、書きました。恐れ入りますが、もう一度トラバさせてくださいませ。よろしくお願い申し上げます。

私が失敗しておりました。今回送信したコメントはうまく届いたようなのですが、前回、ごあいさつのため送信したコメントは届いていなかったようです。私のほうへおいでいただいたので、届いたものだと解釈しておりました。前回送ったつもりでおりましたものを、再度お送りいたします。うまく届きますように。もしも前回のものがうまく届いたいたようでしたら、再送信の失礼、お許しください。

***     ***     ***     ***     ***

はじめまして。リー姐と申します。以前から、時々、のぞかせていただいておりました。非常に興味深いテーマの記事ばかりで、勉強になると同時に、とても楽しく拝見しております。

旧宗主国と旧植民地の言語の古さ?というか、それは韓国語がやはりそうなのです。日本語が残っている韓国語なのです。最近になって変わってきているわけですが。

で、その件について記事を書いてみたいと思うので、TBさせていただきたく存じます。よろしくお願い申し上げますm( )m。

またよろしければ、私の言語に関する課題について書いた記事をご笑覧くださいませ。(「私は日本語ネイティヴなのか?私の母語は何??」 )
葛藤に満ちた学童期・思春期を送りました。もっとも当時は言語のせいだ、とは思っていなかったのですが。。。

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このブログ記事について

このページは、Yoshinori FUKUIが2005年11月 4日 01:31に書いたブログ記事です。

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