日本に戻り暮らし始めてから、サハラ再訪まで

万博関係の最後のマリ人たち

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以前書いた、万博スタッフとして来日し、うっかりビザが切れていたマリ人が、明日日本を出る。
そこで、もう一人名古屋に残っていたマリ人と一緒に、我が家に別れを告げにきてくれた。
我が家にいるひとりと合わせて、万博関係の最後の3人のマリ人が我が家に集まった。

食事をしながらいろいろ話をした。

ビザが切れたマリ人が、「入管によれば、万博のスタッフとして来日した外国人が200人ほどの、行方をくらまし、ビザが切れた後日本にいるそうだ」と言っていた。
そのほとんどはアジア人で、幸い(?)アフリカ人は非常に少ないとのこと。
彼は、今後も引き続き日本とマリを行き来して民芸品などの販売をしたいのだが、今回のビザのミスで最低1年間は日本に入国できないと入管に言われたそうだ。
残念だが仕方がない。

彼の奥さんと子供たちはフランスに住んでいる。
だから彼も、直ぐにマリへ行くわけではなく、パリに滞在する予定だ。
しかし、フランスの騒擾をまったく知らなかった。
これまでの経緯を簡単に説明し、インターネットでフランスのテレビニュースのダイジェストをしばらく見せてあげた。
驚いていた。

もうひとりは3月までビザがあるので、それまで日本に滞在するそうだ。
夕食後しばらく団欒した後、ふたりを名古屋まで車で送っていった。
帰ってきたら真夜中過ぎてしまった。

明日は娘を水族館につれて行く約束。
早起きして妻とお弁当を作らなきゃ!

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このページは、Yoshinori FUKUIが2005年11月12日 00:19に書いたブログ記事です。

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