日本に戻り暮らし始めてから、サハラ再訪まで

2004年1月アーカイブ

娘からのお年玉

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娘は絵を描くのが大好きです。
「ママが大好きなものを書いてあげるね」
そういって娘が書いたのは、青い地球いっぱいに描かれたアフリカ大陸。
そして西アフリカの中央にオレンジ色に塗りつぶしたマリが描かれていました。

昨日、娘が書いてくれた日本とマリの地図を見ながら考えました。

娘は、妻と私にそれぞれ、マリと日本の絵を描いてくれました。
・それは私たちが生まれた国だからだろうか?
・マリと日本を私たちがそれぞれ属する国と考えているからだろうか?

娘は、自分自身にはどこの国を書くのでしょうか?

地震

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今日の午後3時頃、東海地方で地震があったそうです。

私は出張で高松にいました。
妻は風邪気味で二階の寝室で休んでいたそうです。
冬休みの娘は、居間でひとりで遊んでいました。

名もなきアフリカの地で

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1月3日に「生まれた国から離れた両親と移住先の文化の中で育ったこどもたちの物語」について触れました。
そのひとつについて忘れないうちに書いておきます。

アフリカ関係のメーリングリストやいくつかの blog でも取り上げられていた映画「名もなきアフリカの地で」。
私は、妻と娘がマリに帰省している昨年の夏、名古屋での公開翌日の8月17日にアフリカにいる妻や娘を思いながらひとりで見に行きました。

西と東の違いはありますが、アフリカらしい空気が感じられる映画でした。
淡々と進むストーリーからは、派手な演出の多いUSA映画や、長いせりふ回しの多いフランス映画とずいぶん違うなあと感じました。

ナチスの迫害から離れ、なんとか新天地で生きていこうとする父親。ドイツの暮らしや家族の忘れられない母親。自然にアフリカの暮らしや文化を吸収していく娘。そんな3者がいろいろな出来事を通してその立場、考え方、関係を変化させていく様子を楽しんだ映画でした。
多くの観客はアフリカの自然と人々に育てられ大きくなっていく娘に共感を抱くのでしょう。もちろん私もそうでした。それを期待して見に行った映画でもありました。
しかしアフリカで自分の価値観を変えていく母親の変化にも魅了されました。
それはアフリカで多くのことを学んだ自分に重なるものでした。

ところで、この映画に不満もいくつかありました。

ラクダのこぶ

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「週刊アスキー」というパソコン週刊誌に、浅暮三文著『魔法使いは缶詰にいる』という連載小説があります。この小説の1月20日号(通巻473号)にこんな部分があります

見えているのはピラミッド。
(中略)
あなたの背中は奇妙にでこぼこしている。まるで背中に巨大なペンだこでもできたように。つまりそれはふたつの瘤。あなたはいつの間にか、砂漠の駱駝に変身していた。

思わず「違うだろっ!」と心の中で叫んでしまいました。

サヘル的認識

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今日名古屋大学で、沙漠学会の分科会がありました。
内容は以下の通りでした。

テーマ「アフリカ・サーヘル地帯の沙漠誌」(敬称略)
門村浩(東京都立大学名誉教授・自然地理学、環境変動論)
「サーヘルとチャド湖の変動‐過去・現在・未来」
コメント:サヘルに関する人文学的データなどの紹介とサヘルとチャド湖の歴史的変遷についての時間的にも空間的にも非常にマクロなお話でした。
長野宇規(総合地球環境学研究所・土壌水文学)
「ニジェール南西部のミレット栽培と農地保全」
コメント:首都に近い農村でのミレット栽培の研究による、土壌改良などに関する発表でした。収穫後、ミレットの茎を地面に倒しておくことによるクラスト(地表が堅くなり水分が浸透しなくなる)防止効果の説明は伝統農法の効果を裏付ける興味深いものでした。
石山俊(名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程・文化人類学、NGO「緑のサーヘル」研究員)
「チャド湖岸の村の暮らし」
コメント:チャド湖南東部の農村地域の概要報告でした。
そして最後に、
「サヘルの暮らしにおける『サヘル的認識』の再確認 − 遊牧民トゥアレグを中心にサヘル地域の暮らしや人々の特性を確認する −」
という長〜いタイトルで私も発表させていただきました。

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