日本に戻り暮らし始めてから、サハラ再訪まで

2004年3月アーカイブ

ミルク

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遊牧民は、たぶんみなさんが想像されるほど肉を食べていません。
自分の持っている家畜を殺すのは、お客さんがあったときだけだったりします。
内臓と一部の肉は、お客さんとその日のうちに食べてますが、大部分の肉は干し肉にして、少しずつ食べます。
家畜は、長期保存のできる食料倉庫であると同時に

  • ミルク及び乳製品の工場
  • 毛織物の工場
  • いざという時に換金できる預金のある銀行
  • 殺した後は、その皮がいろいろな生活必需品を生み出してくれる雑貨工場

などの役割を持っています。

妻へ

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誕生日おめでとう

ウェブサーフィンしていたら「ジュアール (juar) 茶」という商品が目にとまりました。
googleで調べてみると、テレビでも取り上げられ、通販で人気の商品のようです。

27歳

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27歳というのは、普通、人間が挫折する時期であるように思う。それまでの人生の構成が立ち行かなくなり、自力で構成を変えていく。そのなかで、性のふんぎりも付き、仕事も見つかっていくものだ。

引用元:極東ブログ: 世の中の仕事ということ

ラクダによるサハラ砂漠横断をやめて日本に戻ってきたのが、ちょうど27才の時でした。

日常の一部としての砂漠

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2002年、マリの北部で夏休み過ごす娘夕食の時、こんな話になった。
私「じゃあ、夏休みとか、ずっとマリの(遊牧民の)キャンプで過ごしても平気?」
娘「うん」
私「テレビなくてもいいの?」
娘「うん。いいよ」
妻「友だちと遊べない時にテレビを見ているだけで、本当は友だちと一緒に遊ぶ方が好きなのよ」
娘「マリに行くとおにいちゃんもいるしね」

結婚式私がブルキナファソで青年海外協力隊 (JOCV) の調整員をしていた時に隊員だったおふたりの結婚式に出席させていただきました。
ご結婚おめでとうございます。

保証書よりも領収書

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パリに住んでいた時、100〜240V 対応の AC アダプターが、コンセントにつないだ途端、「ポン!」といって煙を出して壊れました。

出したい印刷物があったので、友達の家にG4を持っていった。
(中略)
その日、前の日に充電しなかったために、残り使用時間が50%になっていたので「充電しながらやろう」とコンセントに差し込んだら、「ばちっ!」と音がした。
(中略)
「あれー?充電器差し込まれてないのかなー?」なんて、アダプターを触ってみたら!!! あ〜〜〜〜〜〜つ〜〜〜〜〜〜い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!
しかも焦げ臭い!
(中略)
異国に出掛ける時は保証書と説明書は持っていこう。

引用元:マルセイユ通信:格言4

それは marseillaise さんと同じように、友人の家に持って行ってそれをつないだ時でした。

義父の命日

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気が付くと義父の命日です。
私が尊敬してやまない人でした。
昨年その思い出をここに書きました。

「後戻りしないように」という義父の言葉をいつも胸にとめ、流されず1日1日をしっかりと生きていきたいと思います。

今日、3月26日(金)からあさっての28日(日)まで、京都の京都市国際交流協会で、マリ共和国展 −生活と文化−(Keneba:日本マリ文化交流協会主催)が催されます。

私たち家族も、マリ北部の暮らしのコーナーをお手伝いさせていただいています。
マリ北部のトゥアレグが実際に使っている、絨毯、クッション、アクセサリー、ラクダの鞍(私が昔使っていたもの)や、トゥアレグの暮らしの写真などを提供しています。

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